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ジャカルタの思い出(3) モナス [Jakarta]

モナス(MONAS)へは2度行った。
モナスの正式名称はMonumen Nasionalで独立を記念する塔である。
インドネシア人のジャカルタの観光名所になっている。
外国人観光客は少ないようだ。
インドネシア人の心のシンボルでもあるらしく、デモがある場合は、モナスの広場やその周辺で行われることが多いようである。
周辺は主要官庁街になっているため、デモが訴えたい対象が近いということもあるかもしれない。2017年5月7日に行った日は、展望台の入り口まで行ったが、展望台に登るためには14時までに入るか、16時以降に並ばないといけないという。14時から16時は入場禁止で、午前の訪問者を吐き出すということらしい。訪れたのは、14時20分。モナス広場の入り口から塔までの距離はかなりある。炎天下をはるばる歩いて来たのに、もう一往復する気にはならないし、上がるなら夜景より昼間のジャカルタを見たい。
この日はやむなく退散し、同年6月24日に登頂に成功した。
ここでは、両日に撮影した写真を用いてモナスを紹介する。






地図で見るとモナスの周囲にある広場はほぼ東西南北各辺がある正方形になっている。そして、その正方形の中心に塔が立っている。
ジャカルタの日中の気温は30度を下回らない。
正方形の一辺の中点ぐらいに門があれば、そこからのアクセスが塔への最短距離である。対角位置から入るのは最も歩く距離が長い。
ちょうどタムリン通りのバス停は正方形の西辺の半分くらいのところにある。
降りて、門を探すが、交番があるだけで門が無い。
愕然としながら、トボトボと西南の角へ向かって歩く。

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正方形の角にある門を通ると、対角線の道がまっすぐと塔へと向かっている。
確かにこのようにアクセスすることで、塔の威厳が伝わってくる。
単調な景色を塔へ向かって歩いていくので、距離を感じる。
案外遠い。

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ようやく近くまで来て、その大きさに目を見張る。

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塔のすぐそばまで寄って、見上げる。
この近くに入り口があると思いきや、なんと入り口は少し離れた位置に階段があり、地下に降ろされる。
地下の切符売り場で切符を購入する。切符といっても電子マネー普及促進のためか、入金すればコンビニでも使えるICカードである。

順路として、塔の地下に案内される。太古からインドネシア共和国が独立するまでの歴史に関するものである。ここへ来て初めて認識したことだが、インドネシアの独立の道のりは長い。
太平洋戦争が1941年12月7日から1945年8月15日なのに対し、インドネシアの独立戦争は、それよりも長い。
もっともインドネシア人にとっては、350年のオランダ植民地支配が戦いの連続だったかもしれない。
1945年8月17日にスカルノ大統領が独立宣言をしたものの、オランダとイギリスは植民地を回復しようと試みたのだ。
1951年8月15日まで、現在のようなインドネシア共和国も形にならなかったのだ。
見ごたえ(読み応え)のある展示で、なぜインドネシアの建国5原則(Pancasila パンチャシラ)の背景もよく理解できた。
5原則を簡単に簡単に書くと、
1. 神への信仰(神を信じること。どの神でも良い)
2. 人道主義(道徳を重んじること)
3. インドネシア第一主義(インドネシアの名の下に統一すること。愛国心を持ち、宗教や民族が違ってもインドネシア人を愛すること)
4. 合議制民主主義(全員の意見が一致するまで議論を尽くすこと。一人の意見であっても尊重すること)
5. 社会的公正平等主義(協力しあって良い社会を作り上げること)
になる。
国土面積が日本の4倍、国民が日本の2倍ある上に多民族国家を統一するために考案されたのだろう。
この五原則を知って、インドネシア人と交流すると、彼らが日常的にこの五原則に抵触しないように心がけていることがよくわかる。

さて、インドネシア建国の歴史が頭に詰まったところで、階段で屋上(塔の足元にある台になっている部分)に上がる。
ここに、展望台へのエレベーター乗り場がある。エレベーターに乗るのに、塔を取り囲むように行列になっている。
屋上なので、ほとんど日陰がなく、列を守ろうとすると、日差しの下に立たされる場所もある。


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写真は屋上からの風景で、中央やや左にイスティクラル・モスクのドームが見えて、中央やや右にプルタミナの本社が見える。プルタミナの本社が見える同じ敷地に日本軍政監部があったという。日本軍が統治していた当時の軍政府があったということか。

エレベーターの列を整理しているのは、ボランティアだろうか、威勢の良いラフな姿のおじさんだ。
五原則の精神に則って、列を乱して横入りする輩はいないのだが、相互の順序は変わらなくてもだらけた列になってしまうのである。
整理係は私と同行していた老人2名を見つけると、二人を連れて、建物内のエレベータホールに椅子を出して、座らせてくれた。
私は列に残って順番を待っていたが、エレベーターホールに着く頃には、整理のおじさんと連れの老人は仲良くなっていた。
というのも、この整理係のおじさんは日本語が堪能なのだ。
「降りるときも手伝うから声をかけてくれ」と言い残して、エレベーターに乗せられた。

我々は展望台に上がる。

塔から広場の西南の角を見下ろす。ロータリーがあって左右に向かう通りがタムリン通りである。
この通りを左へ行くと、南へ下りていってジャカルタ随一のビジネス街へとつながる。
ロータリーのある交差点の左に見える白いビルの手前にあるとんがり屋根のビルが日本軍司令部に使われていたという。現在はKementerian Energi dan Sumber Daya Mineral Republik Indonesiaエネルギー鉱業省庁舎。

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次は北東の角である。屋上から見えたイスティクラル・モスクとプルタミナを見下ろす。
プルタミナのロゴがあるビルの左下に低層のとんがり屋根の建物が見える。
ここに日本軍政監部があったという。
イスティクラルの右側に高架橋の線路が南北に走っていて、イスティクラルの最寄駅であるJuanda駅も見える。

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そのまま南東の角に目を移すと、Gambir駅が見える。
インドネシアの鉄道は、どうやら鉄道(レール)の管理と列車の管理が異なる企業のようだ。
写真に写っている線路は、バンドンへ行く長距離列車を運行する会社の列車と首都圏近郊の通勤電車を運行する会社が共同利用していて、それぞれの車両が代わる代わる通り過ぎて行く。
近郊電車はJuanda駅を利用し、Gambir駅は通過する。
長距離列車はGambir駅をターミナルとしていて、Juandaには止まらない。
Gambir駅は長距離列車利用者用のレストランがあったり、大きな荷物を持つ乗客がいたりとターミナルの雰囲気がある。
Monasに鉄道でアクセスしたい場合は、Gambir駅が最寄駅というのは間違いではないが、ジャカルタ市内から鉄道に乗って、Gambir駅で降りるのは不可能で、Juanda駅が最寄ということである。

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さて、展望台からの眺めを一通り楽しんだ後、エレベーターに乗って下へ降りる。「整列係のおじさん、声かけてくれといっていたけど、どうする?降りるのはもう助けてもらわなくても大丈夫そうだけど。」
三人で話しながら下りて行くと、おじさんが待っていた。
良い所に連れていってあげるからついておいで。と言う。
日本語間違っているんじゃないだろうか、いい所に行くのではなく、特別なルートで屋上から下まで降ろしてくれるんじゃないの?などと心の中でぼやく。
良い所は案外近かった。
エレベーターホールのある屋上階で、屋上をぐるりと回り、エレベーターホールのちょうど裏側にある扉に入る。
すると、小さな階段があり、それを昇り始めた。
エエ?どこに向かってるの?
1階上がると、大きな客席が段状になった集会場のような部屋に出た。まばらにインドネシア人観光客もいて、休んでいる。
壁にはローマの休日のオードリーヘプバーンが噛まれそうになったライオン、とはいっても金色の像がある。
整理係のおじさんは我々に、ライオンの正面の席に座れと言う。自分は少し裏に回るが、しばらくそこで見ていろ、という。

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そして、おじさんが姿を消すと、インドネシア国家が流れてきて、ライオンの口が開きだした。
国家とともに厳粛な声が生命を読み上げる。
ライオンの口の中にあるものが、スカルノ氏の直筆の独立宣言分であり、声の主はスカルノ氏だと言う。

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ライオンの横には大きなガルーダの像がある。
ガルーダはワシだと思っていたら、空想上の動物だと言う。
そして、胸にある紋章に描かれている図柄は5つあり、それぞれがパンチャシラの各原則のシンボルであると言う。

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パンチャシラの五原則はスカルノ氏が最初に考案したが、その後一部改正されたらしい。ただし、いずれも一言にまとまっておらず、散文になっていてわかりにくい。
散文であるために、色々な解釈もできてしまう。
その辺に実にインドネシア人の気質がよく表れている。インドネシア人は物事を一言でいうことが下手だし、一言にまとめることは悪いことのようだ。
一言にするということは、色々な部分を割り切って、一言で表現するわけだが、彼らはそれを許さない。一言で言おうとしない。
それは、真面目な気質の裏返しでもあると思う。



入れるところがなかったので、おまけになってしまったが、これが、広場の北面にある裁判所。どこかで見たことがあるようなビルである。
ワシントンにもあったりして。

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