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ジャカルタの思い出(4) グロラ・ブン・カルノ [Jakarta]

Gelora Bung Karnoグロラ・ブン・カルノ公園(略称GBK)を紹介する。
(ここの写真は2016年4月16日に撮影したものなので、2018年8月18日から始まるアジア大会のための再整備の内容は含んでいない。)





名称の由来だが、Geloraがこの周辺の地名で、Bung Karnoはスカルノ初代大統領の愛称とのことだ。
「インドネシア人は苗字はない。」と2010年ごろに教わった。というのは、仕事で名刺交換すると名前だけが記載されている人がほとんどだったのだ。苗字の位置には自分で思いおもいの名前を書いている人が多かった。
しかし、2016年ごろには名刺交換すると、大抵苗字らしきものが書いてある。西洋化が進んで、苗字を持つように意識が変化していったのかな。
実際、同じ名前の人が多く、区別をつける必要もあると思う。
ただし、同じ苗字の人も多い。
インドネシア人は、自己紹介で名前を述べ合った後、出身地や祖先の由来を紹介し合うようだ。
同名の人が多いから、「この太郎さんは札幌生まれで祖先は大阪の人で、あの太郎さんは東京生まれで祖先から東京の人」のように区別するのではないかと想像する。


脱線のついでだが、スカルノ・ハッタ空港の名前を見ると「スカルノ ハッタ」さんという歴史上の一人物が存在したかのように思えるが、実はスカルノさんとハッタさんの二人の偉人の名前なのである。
スカルノさんが初代大統領で、ハッタさんが初代副大統領。
この二人が両輪となって、独立運動を達成した。


写真にあるような地図がグロラ・ブン・カルノ公園の全体だ。この地図は上が北を向いている。東側にある二等辺三角形の頂点がスマンギ交差点だ。
スマンギ交差点から南西へ行く道がスディルマン通りになる。

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この公園の中央に76,000人収容のサッカースタジアムがあり、周辺には、テニスコート、競泳用プール、バスケットボールコート、ソフトボール場、ゴルフ練習場など、スポーツに関係するものは全てある。
地図で見るとポンと三角形があるだけだが、その敷地の広さはまさに巨大である。
1962年のアジア大会開催時に整備されたとのことで、選手村としてホテルも整備されている。


この日は土曜日。スディルマン通り側からスタジアムを見る。門が閉まっていて、人も見えないので、入れないのだろうと思う。奥の方に大きな銅像が見える。

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振り返って、この位置からプラザスナヤン方面を見ると、ちょうどメイバンクのビルが正面にある。右手前がセンチュリーホテル(旧アトレットホテル)だ。名前が変わったらしいが、旧名で呼ぶことも多い。
左にそびえているのが、ジャカルタのAKB48であるJKT48劇場が入るFXモールの高層住宅である。

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スタジアムの方へ歩いて行くと、人が通れる隙間だけ門が開いたので、中に入って見た。

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もう一つ門があり、そこも人が通れる隙間分だけ開くので、体を通して入って見た。
そうしたら、子供達がスイスイとローラースケートに乗っている。
どうやら、入ることに問題はないらしい。

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ここまで近いと、競技場全体を一枚の写真に収めるのは難しい。

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さすがにグラウンドに入る隙間の空いた門はなかった。

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プラザスナヤンのビル群を臨む。
スタジアムの周りを巡ると、周りには散策している人がたくさんいる。
ダンスを練習する高校生や自転車の整備をする若者、子供たちのサッカー教室などなど。
みんなあの隙間から入ったのだろうか。

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ここにも矢を放つ勇者の像がある。彼の名は?

8 IMG_1369.jpg


この道をまっすぐ行ってグロラ・ブン・カルノ公園を後にした。
もちろん、出るのは門の隙間からだ。

9 IMG_1371.jpg


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